ラブレター2




ラブレター 2



 コンコン・・・。

「・・っん。」

 コンコンコン・・・。

 時計を見ると、まだ夜中の1時過ぎ。

「・・・っ誰だよ、こんな時間に。」

 コンコンコンコン・・・・。

 急ぎの用だろうか?
 急かす様なノックに、もぞもぞとベッドから起き上がると、ドアの前に立つ。

「誰ですか?」

 学園のセキュリティーはしっかりしているから大丈夫だとは思うけれど、こんな夜中の訪問者を不審に思わずにはいられない。
 そもそも、啓太の部屋を訪ねてくる人は大抵決まっていて、その誰もが夜中になんて訪ねてくる筈の無い人ばかりだから、ノックの主には全く心当たりが無い。

「夜遅くにすみません。僕です。開けてくれませんか?」

 どきりとした。
 まだ半分ほど寝ぼけていた俺は、その声に一気に覚醒した。
 七条さんだ。

「あっ。い・・・今開けます。」

 カチャリと音を立てて鍵を開けると、すぐにノブが捻られて、半ば強引にドアが開けられる。

「こんばんは。」

 いつもと同じにっこりとした笑顔だったけれど、目が笑っていなかった。
 中嶋さんを見る目とも違うけれど、笑っていない事だけはすぐに分かる目。
 じっと、穴が開くかと思うくらい執拗に見られる。
 紫色の瞳に見詰められて、身動きが取れなくなる。

「早速本題で悪いのですが、昼間頂いた手紙の件で少し聞きたい事がありまして・・・。」

 100Mを全力疾走したみたいにどきどきと鼓動が早くなる。
 まっすぐに俺を見る七条さんの仕種は、まるで俺の真意を確かめるかの様で怖い。

「・・・そう、ですか。」

 俺がそう言ったきり、空気が固まった。
 七条さんも、俺も一言も口を開かないまま時間だけが流れる。
 今返事を聞かされるのだろうか。
 返事を聞くのが、怖い。
 静かな部屋の中、黙ったまま何も言ってくれない七条さんとの空気に我慢できなくなる。

「お茶・・・煎れますね。」

 七条さんの視線に耐えられなくなって、俺は七条さんに背を向けて、部屋の隅に置いてあるポットへ向かった。
 でも、一歩と進まないうちに手が掴まれる。
 ハッとして振り返って、思わず息を呑んだ。

「お茶は要りません。それより、手紙読ませて頂きました。あの手紙は僕に宛てられたもので間違いはありませんね?」

「はい。」

 緊張の所為か、掴まれた手に汗が滲む。

 ドクン、ドクン、ドクン。
 早くなる鼓動。
 自分の部屋なのに何処を見たら良いのか分からなくて泳ぐ視線。

「あの・・・。」

「何ですか?」

 間髪入れずに返される返答。

「手・・・離してもらえませんか。」

 いつもなら安心できる七条さんの手なのに、今はその手が落ち着かなくさせる。

「嫌です。」

 いつものやんわりとした口調ではなく、きっぱりと言い放たれてしまう。

「えっ・・・。」

 ビックリして声を上げた時にはもう七条さんの腕の中だった。

「離しません。」

 痛い位強く抱きしめられる。
 どうして・・・?
 そう思うのに、それを七条さんには聞けない。
 ただなされるがままに抱きしめられる。

「七条さんっ、放してください。」

 何とかそれだけは言えたけれど、その途端によりきつく抱きしめられて苦しくなる。

「絶対に離しません。」

「ど・・・して、ですか。」

 目頭が熱い。苦しくて、息が荒くなる。

「分かりませんか?」

「わ・・・かりません。」

 そんな俺の状態を知ってか知らずか分からないけれど、俺の返事に七条さんはどこか突き放したように冷たく笑う。
 七条さん怒ってるんだ。
 やっぱり告白なんてしなければ良かった。そうしたら少なくともこんな事態になんてならなかっただろうし、七条さんとだって卒業するまでずっと今まで通り過ごせたのに。

「君が僕から逃げようとしたからです。こうしてしっかり捕まえておかなければ、今日の君はすぐにでもここから逃げ出しそうですしね。」

 ぞくりとした。
 耳元に吹きかけるようにして囁かれた重低音。吃驚して思わず飛び上がった身体が押さえつけられて、耳朶を軽く咬まれる。
 反射的に突き放そうとして、また更にきつく抱きしめられた。

「やっ・・・。」

 思わず口を吐いて出た言葉に、七条さんが傷付いた様な表情を浮かべた見たいに思えてまじまじとその顔を見るけれど目の前の顔はいつもの掴めない笑顔だった。

「どうして逃げるんですか。手紙をくれたのは君でしょう?」

 ただ確かめられているだけの筈なのに、否定は許されない様な空気が漂っている。
 どうしよう。
 何て言ったらいいのか分からなくて、緩められた腕の中でうつむいてしまうと、七条さんが俺の顎を掬い上げて上向かせた。

「どうなんですか。」

 いつもなら柔らかい七条さんの声が、今はとても硬く感じる。
 やっぱり怒ってるんだ。
 俺が、告白なんかしたから。
 男の俺なんかに告白されて、きっと気持ち悪いって思ってる。
 どうしよう。
 何て言えばいい?
 忘れて下さい?それとも冗談です?
 でも思いつくどの言葉も、絶対に言いたくないものばかりで何も言えない。

「えっと、その・・・・・。」

 顎が固定されていて顔を逸らせないから、自然と目だけを逸らす形になる。
 結局言い淀む事しか出来ない自分に腹が立つ。

「目を逸らさないで、僕を見て下さい。」

 恐る恐る視線を戻す。けれどすぐにまた目を逸らしてしまった。

 怖い。

 七条さんの気持ちを知りたい。でもそれ以上にこのまま知らずにいたい。

 何で七条さんはここに来たんだろう。
 何で七条さんはこんな事するんだろう。
 何で七条さんはこんな事を聞くんだろう。
 何で?何で?と、分からない事ばかりで混乱する。

 俺、何て言えば良いんだろう。
 どうしたら良いのか分からない。

「この手紙は、君が僕へ宛てて書いたもので間違いありませんね。」

 何で七条さんはそんな事をわざわざ確認するんだよ。そんな事聞かなくたって分かっているじゃないか。

 今すぐここから逃げ出したい。
 でも、逃げられない。
 抱きしめる七条さんの腕がきつい戒めとなって、離れることが出来ない。
 ひどく苦しい。
   七条さんの胸にぴったりとくっついた耳から聞こえる七条さんの心音。
 どくん、どくんと脈打っている。その鼓動が少しだけ早い様な気がするのは気の所為だろうか?
 俺の心音を追うように脈打つ七条さんの心音。

「間違いありませんよね?」

 先刻までの怖い位の硬い声から不安そうな声に変わる。
 顔を上げると、すっと伸びた柳眉を寄せた不安気なそれでいて悲しそうな表情。
 いつもの笑顔はどこかへ置いてきてしまった様な七条さん。だけど、どうしてそんな顔をしているのか俺にはさっぱり見当がつかない。
 これ以上そんな顔をして欲しくなくて、俺は無理やり頷いた。






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あれれっ?
ベタ甘になる予定だった筈なのに、書いていて思っても見なかった所にころころと話が転がってしまってます。
啓太君じゃないですけど、私も「どーしよー。」と途方に暮れそうです。
お題ものって大抵読みきりなのに、初っ端から続き物。
それってどうよ?と思いながらも、またしても続きます。
今週も後2分で終わってしまいます。
時間との勝負。
頑張って勝ちにいきたいです。



葵葉奈でした。