願い事




 ひとつだけ。

 ひとつだけ叶えたい願いがある。

 なかなか口に出してはいえないけれど。

 どうしても叶えたい願いがある。

 誰にもナイショの願い事だけど。

 君にだけは知っていて欲しいと思う。

 こんな僕の願いを知ったら。

 君はどんな顔をするのだろう。

 例え君がどう思っていても。

 僕の願いは変わらない。

 ずっと、ずっと。

 大好きな君への、この願いは変わらない。





 願い事



 マグカップに紅茶を注いで伊藤君に渡せば、にっこりと嬉しそうな笑顔が返される。

「ありがとうございます。」

 そう言って一口啜り、ほっと胸を撫で下ろす。
 その一連の仕種がまた可愛くて、笑みが漏れる。

「何か楽しい事でもあったんですか?」

 それが自分の所為だなんて微塵にも思っていないだろう君は、かくんと小首を傾げる。
 ああ、何で君はこう・・・どこもかしこも愛らしいのだろうか。

「僕は伊藤君と一緒に居るだけで、いつも楽しいですよ。」

 にっこりと笑みを浮かべて言えば、伊藤君はポッと頬を染めた。

「俺だって・・・・七条さんと一緒に居られれば、それだけで嬉しいです。」

 恥ずかしそうに言う伊藤君を、思わず抱き締めそうになる手をどうにか我慢する。

「伊藤君にそう言ってもらえるなんて、僕は幸せ者ですね。」

 心からそう言えば。

「もう〜、七条さんったらからかわないで下さい。」

 と言って、そっぽを向いてしまう。

「からかってなんかいません。僕はいたって本気ですよ。」

 笑みをそのままに言いながら、僕は伊藤君の頬に口付けた。

「なっ・・・。」

 びっくりして口をパクパクさせる。
 真っ赤になった顔も、キョロキョロと辺りを見回す姿も愛しくて仕方ない。
 紅茶を啜り、どうにか落ち着きを取り戻した伊藤君は、ふぅ・・・・とため息を吐きながら空を見上げた。

「うわぁっ・・・・。」

 空を見上げていた伊藤君が、声を出して空を指差した。

「どうしました?」

 そう言って、伊藤君が指差した方を見れば、次から次へと流れ落ちる星が目に飛び込む。

「始まりましたね。」

 空一面、あちらこちらで描かれる光の筋が、暗い夜空を明るく照らす。

「綺麗ですね。俺、流星群って見るの初めてなんです。」

 少し興奮気味に、伊藤君は空を見つめ続ける。

「・・・・本当に、綺麗ですね。」

 僕が見つめる先にあるのは伊藤君の横顔。
 でも、きらきらと瞳を輝かせ、一心に空を見つめている君はそれに気付かない。
 それが少し淋しくて、僕は隣に座る伊藤君の肩を抱き寄せた。素直に僕によりかかってくる君の体温に喜びを感じながら、空を眺めている伊藤君の邪魔にならない様にそっとその髪に指を絡ませた。
 そうして伊藤君の体温を感じながら、彼と星とを交互に眺め紅茶を啜る。
 すっかり冷めてしまったそれも、君を見ながら飲むのなら悪くない。そう思っている自分に漏れるのは苦笑い。

「伊藤君。」

 僕が呼べば、見入っていた空から視線を外し、真っ直ぐこちらを見てくれる。

「何ですか?」

 思っていた通りかくんと首を傾げて、大き目の瞳をパチパチさせる。

「もう願い事はしたんですか?」

「あっ・・・。」

 流れる多くの星に見入っていて、本来の目的をすっかり忘れてしまっていたらしい。伊藤君は慌てて手を組み目を閉じた。
 静かな空の下、伊藤君は口に出さずに願っているから、僕にはその願いが何なのか分からない。
 それでも、願い終えた君が目を開け、僕を見る。だから僕は、それだけで幸せな気分になる。

「どんな願い事をしたんですか?」

 君の願い事が僕の事ならいいのにと、そう思いながら尋ねると、伊藤君は耳まで真っ赤にしてしまう。

「内緒です。だって、他の人に言ったら叶わないって聞いた事がありますから。」

 そう言って口元に立てた人差し指を、伊藤君は僕の唇に押し当てた。

「仕方ありませんね。」

 そう言った時、僕は淋しそうな顔をしてしまったのだろう。伊藤君は、慌てて僕の胸元に頭を預ける。

「それより、七条さんはどんな願い事をしたんですか?」

 僕の耳に届いたのは、伊藤君の甘えた声。
 今は俯いてしまっていて表情は分からないけれど、声音同様甘えた表情をしているのだろう。
 それを思うと、ドクンと胸が高鳴る。

「願い事はしていません。」

 伊藤君の質問にそう僕が答えると、彼は僕の胸から顔を上げた。

「えっ?」

 不思議そうな顔をする伊藤君に。

「僕の願い事は、もう既に叶っていますから。」

 僕が耳元でそう囁くと、途端に伊藤君の顔全体が赤くなる。

「七条さんの願い事はもう叶ってるんですか?」

 パッと、伊藤君は耳を押さえながら顔を上げる。

「知りたいですか?」

 何をしても初々しい伊藤君の反応は、何処までいっても僕にとっては新鮮で、ついつい過剰に構ってしまう。

「はい・・・。その、出来れば教えてもらいたいなって。あ、でも俺の願い事は七条さんに内緒にしてるのに、七条さんのだけ聞くなんてずるい・・・・・ですよね。」

 しゅんと項垂れ、頬を掻く。

「ずるいだなんて思いませんよ。僕の願い事はもう叶っているんですから、伊藤君に教えても大丈夫です。」

 そう言って笑うと、伊藤君の顔が晴れる。
 惜しげもなく表現される感情は、僕にとって嬉しいものに他ならない。

「いいんですか?」

 遠慮がちに確認してくる瞳は上目遣いで、僕より低い位置にあるのだから自然とそうなったにしても、僕にしてみればそんな偶然の表情すら愛らしくて堪らない。

「もちろんです。」

 僕の事を知りたいと思ってくれている事が嬉しくて、ついつい漏れてくる笑みは僕の意図していないもの。
 それもこれも皆、伊藤君が僕の傍に居てくれるからこそのもの。

「僕の願い事はですね・・・・。」

 「伊藤君とこうして一緒に居る事です」と彼の唇の端に僕のそれを寄せながら言う。
 一気に頬を赤く染めた伊藤君の頬に、ちゅっと音を立てて口付けると。

「俺だって・・・・七条さんとずっとずっと一緒に居たいです。」

 伊藤君は、照れ笑いを浮かべながら言ってくれた。
 二人で見つめ合って抱き合えば、伝わってくる体温が君の存在を僕に教えてくれる。

「伊藤君、愛しています。」

 ぎゅっと伊藤君を抱きしめて言うと、僕の背中にも彼の手が回された。

「七条さん。俺も、愛しています。」

 初めて聞けた伊藤君からの「愛してます」の告白は、僕の願いが確実に叶っているという知らせ。
 そしてそれは、今まで僕が聞いたどんな言葉よりも嬉しいもので、胸の奥がかぁっと熱くなった。

「ずっと傍にいさせて下さい。」

 僕のその言葉に、伊藤君は顔を顰める。

「七条さん、それは違います。俺が、ずっと七条さんの傍に居たいんです。」

「それは僕も同じですよ。ずっと伊藤君の傍に居たいです。」

 僕には伊藤君が言わんとしている事が良く分からなくて困ってしまう。
 すると、伊藤君はにかっと顔一杯に笑顔を浮かべた。

「そういう時はこう言うんです。」

 僕の耳元に寄せられた伊藤君の唇から吐息と共に囁かれる言葉。

「ずっと、傍に居ますって言うんですよ。」

 一度顔を離されて、間近で見つめる彼の瞳が柔らかく僕を映す。

「だって、俺たちは両思いなんですから。」

 そう言って笑う君の顔が何故だか少しだけ大人びて見えた。
 そんな君を強く抱きしめる。

「では、改めて。」

 真っ直ぐに君の瞳を見つめる。

「はい。」

 返事と共に返された眼差しは僕だけのもの。

「ずっとずっと、傍に居ます。だから・・・・。」

 続けようとした言葉が遮られる。

「俺も、ずっと七条さんの傍に居ます。」

 そう言ってぎゅっと抱きついてきた君は、迷い無く僕を見上げた。
 見つめ返された瞳にはやっぱり僕が映っている。
 強い君の瞳をこんな風にいつでも真っ直ぐに見つめていたいと、僕は改めてそう思った。




「前言撤回・・・・ですね。」




 見上げれば、まだ無数の星が流れている。

 僕は、その中の一つに願を掛ける。

 ずっとずっと君と共に。

 君の隣が僕の居場所だと。

 そう、胸を張って言える自分になろう。

 この誓いが偽りとなる日を、

 どうか、迎える事がありません様に・・・・・。
















わたべ様、大変遅くなりすみませんでした。
リクを頂いた2000hitの記念でございます。
テーマは「星」で、「ロマンティックで甘々な雰囲気」とのリクエスト。
無事、表せているでしょうか?

星+ロマンティック=流星群。
頭の中にこんな図式が浮かんでおりました。
ありきたり過ぎでしょうかね。
気に入っていただけたら嬉しいです。
ではでは、これからもどうぞよろしくお願いしますv



葵葉奈でした。

04.05.17