僕が欲しいもの。 シンシンと振り続ける雪。 その音に耳を傾ける。 部屋の中に響き続ける重低音が心地良かったけれど、今はそれが聞こえてしまう事が悲しい。 開け放ったままだった窓を閉め、ゴロリとベッドに寝転がると、スプリングが僅かにと軋む。 自分に丁度いい大きさと広さを選んで設置した筈のこれが、今は何故か少しだけ広く感じる。 「啓太・・・・・」 目を閉じて浮かぶのは、陽だまりの様に明るく温かみのある彼の笑顔ばかり。 「Please come to meet early. 」 思わず口をついて出た言葉に苦笑いせずにはいられなかった。 僕は、どの位そうしていたのだろう? 気がついたら僕は心地よい暗闇に包まれていた。 ただ、ほんの少しだけ開いたままになっていたカーテンの隙間から、仄かに光る月の光を雪が反射して普段の月夜より多めの光が差し込み、出しっぱなしだったPCが乗った机だけが照らされている。 ぼんやりとした頭では「あのまま寝てしまったんだな」という事位しか思い浮かばなかった。 でも何故だろう。 眠りにつく前に広がっていた悲しさや寂しさが消えている。 それどころか、腹の辺りからふんわりと暖かいものがこみ上げてくる。 とりあえず電気を点けようと思い、一定の姿勢でいた所為か固まってしまっていた腕をゆっくりと伸ばし起き上がる。 いや、起き上ろうとしたが出来なかった。 その時になって初めて、自分の上に何かがある事に気がついた。 耳を澄ますと聞こえてくる寝息に息をのむ。 そっとその寝息のする方へと視線をやれば、そこには思っていた通りの人がいる。 「……けい、た?」 目で確認したけれどそれが信じられず、僕はゆっくりと身を起こすと腹に感じる暖かい塊に両腕を絡め、未だ夢の中の彼が目覚めてしまうのにも構わず抱きしめた。 「啓太、啓太……」 まるでうわ言の様に彼の耳元でその名前を呼ぶ。 そしてありったけの思いを込めて、だらんと力が抜けたままの彼の体を抱きしめる腕の力を増してゆく。 「……っんん」 そこまでされてやっと目が覚めたのか、彼は僕の腕の中で小さく身じろぎ僕から離れようとした。 強く抱きしめていた所為で息苦しかったのだろう。 そう予測できても、彼のその行動に胸が痛み、僕は更にきつく彼を抱きしめた。 「ちょっ……し、七条さん!?」 一気に覚醒したらしい彼は、苦しいのと驚いたのとが相まったのか、ジタバタと意識的に僕の腕を解こうとする。 でも僕はそれが嫌で、そんな彼を絶対に逃がすものかと、もっと、ずっと強く抱き締めた。 「Without running away!」 「えっ……?」 一瞬止まった彼の動きの隙に少しだけ腕を弛めて、ちゅっ、ちゅっと軽く彼に口付ける。 髪に、額に、頬に、そして唇に。 「七条さん、ちょっと……放して下さいってば!」 ハッと我に返った彼が真っ赤に頬を染めてもがきだす。 「嫌です」 「苦しいんです。だから……っ」 そう言った彼を、今度は苦しくならない様力を加減して抱きしめる。 「お願いですから逃げないで下さい」 加減した事でやっと、彼は僕の腕から逃れようとするのをやめてくれた。 久しぶりの彼の体温を、今度は落ち着いて感じる事ができた。 「だってまだ……」 逃れようとするのは止めたがそれでも言い淀む、いけずな彼の柔らかい唇に、僕は自分のそれを押し当て遮る。 「君が足りないんです」 今度は彼の羞恥心を煽る様に、わざとちゅっという音を立てその目元と口元へ左右平等に口づける。 「"テストが終わるまで会わない"だなんて、伊藤君はまるで僕に留年して欲しいみたいですね」 僕からしてみれば嬉しくて仕方ない、けれど彼が言うには意地悪な笑みをにっこりと浮かべ「伊藤君と同じクラスになれるならそれも良いですねぇ」なんて、半分本気で彼の耳元でそっと囁く。 「だ、ダメですよ!俺、留年して欲しいなんて思ってませんからね!!」 想像していた通りに、慌てて否定する彼を愛しく思う。 けれども、胸の内からひょっこりと顔を出す僕のささやかな悪戯心を刺激してくれる、そんな彼の可愛らしい言動には抗えない。 だから僕は、君が慌てるだろう事を承知で本心をそのままさらけ出す。 「来年、同じクラスで隣の席に座りましょうね」 分かっていますか? 僕は本気で君と同じクラスになりたいんですよ。 真面目にそう思っていても、久し振りの彼とのじゃれあいが楽しくて僕の顔から笑みが消えない。 まるで笑う以外の表情を忘れてしまったみたいです。 これでは冗談だと思われてしまいますかねえ? 「〜〜〜っ!ダメですってば、七条さんっ!!」 やはりというか何というか。 思った通り冗談ととった彼はそう言うと、キラキラと輝く、まるで初夏の太陽みたいな笑顔を返してきた。 この一週間、僕の隣に欲しかった、焦がれてやまない大好きな彼の表情。 「それでは、会わないだなんて意地悪な事を言わずに、これからのテスト期間は、僕がちゃーんと勉強する様にしっかり見張っていてください」 そんな僕の言葉に口をパクパクさせるばかりの彼に、少し強引かなと思いながらもダメ押しの一言。 「いいですよ、ね。伊藤君?」 彼が意地悪だという笑みを浮かべ、そこにほんの少しだけ誘惑の意味を込めてウインクする。 そして約束のキスを強請り目を閉じた僕に、照れながらも一言呟いて、彼は甘いキスをひとつくれた。 「ちゃんと、勉強してくださいね」 そんな感じで、テスト期間開始から八日目の甘い夜は更けていく。 僕が欲しいもの。 それは、キラキラ輝く太陽みたいな君の笑顔。 それから、絶好の位置でそれを眺められる、君の隣の特等席。 欲を言うなら、僕だけにそのプラチナチケットをください。 例えどんな理由があろうとも、他の人に渡したりしないでください。 ねえ、伊藤君。 僕が欲しいものを持っているのはいつ、どんな時でも、君だけなんですよ。 七条さん視点のお話です。 1学期末テストだけで懲りた筈の啓太君。 でも間を1学期飛ばすと忘れてしまったのか 学年末テストでまたテスト期間逢瀬禁止令を出してしまった様です(笑) たかが1週間。 されど1週間。 啓太君自身も我慢できず、七条さんに貰っていた合鍵でこっそり侵入。 七条さんとお付き合いする内に、ちょっとだけ七条さんに似たのかな? なんて(笑) 甘い甘い恋人同士の2人には、きっととっても長い時間ですよ、ね。
08.03.08 |