unstable



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 放課後の会計室。

 夕日で色付いた室内の所為か、伊藤君の顔が少しだけ赤い。

 郁が休憩に東屋へ向かった隙に、君を困らせる事は承知の上で問いかける。

 「君は、僕が好きですか?」

 ここはにっこりと笑って。

 「それとも嫌いですか?」

 ここでは少しシュンとしてみせる。

 こうすれば、優しい君は絶対に嫌いだなんて言わない事は、もう既に計算済みの事だけれど。

 それでも、僕は不安になる。

 いつか君に嫌いだと言われるんじゃないかと。

 「もしも、僕の事が好きだったら、今ここでキスを下さい。」

 伊藤君は何度か口をパクパクさせる。

 さっきよりもずっと、赤い顔をしている。

 参りました、そんなに君を困らせるつもりなんて欠片も無かったのに。

 それでも、君に好きだと言って欲しいし、それを示して欲しい。

 僕は、とても我が儘だから、君から僕へのキスが今すぐに欲しい。

 「僕が嫌いですか?」

 先程よりも更に寂しそうな顔を作る。

 そして、駄目押しの一言。

 僕よりも恥ずかしがり屋の君の為の言葉。

 「ここには、もう僕と君の二人だけしかいません。それでも、ダメですか?」

 君を困らせるのが楽しくないといえば嘘になるけれど、君にキスして欲しいと思う僕の気持ちには嘘偽りなんて存在しない。

 僕はいつだって君にキスがしたい。

 君に触れていたい。ずっとずっと君の傍らに居て、君の存在を確かめて、僕のものだと声を大にして言いたい。

 いつだって、君の周りには人が溢れているから。

 そうしなければ、君を他の人に取られてしまう様な気がして正気ではいられない。

 皆に愛されている君が、いつまでも僕を好きでいてくれるだなんて、そんな事はとても都合の良すぎる夢みたいで、僕はただ信じるという事が出来ないでいる。

 君は、いつだって精一杯の愛を僕にくれるのに。

 それでも僕は足りなくて、君から愛を貪り尽くす。

 愛されているという確実な形が欲しくて、君を抱き締めずにはいられない。

 その行為で生まれるものなんて、物理的には何も無いのは分かっているのだけれど。

 君を抱かずにはいられない。

 僕が君を抱いている時だけは、確実に君が僕だけのものだと実感できるから。

「してくれないのなら、僕が・・・します。」

 君の沈黙が我慢できない。

 僕が伊藤君の肩を掴み、そっと引き寄せると、返事の変わりにゆっくりと瞳が閉じられる。

 今、その瞳に僕が映っていないと思うと、それがどうしても納得できない自分が居る。

 僕に身を任せる為に瞳を閉じたのだというのに、僕を写していない瞳が気に入らない自分に苦笑してしまう。

 一体、いつから僕はこんなにも我が儘になったのでしょうか。

 思いの丈を込めて出来る限り優しく、その柔らかい唇にキスを落とす。

「もっと、しても良いですか?」

 真っ赤になりながらもこくりと小さく頷くその仕草が、僕の中の愛しさを高める。

 君を信じたいのに、信じられない。

 人の心は移ろい易いものだから。

 ”先に帰ります。”

 そう綴ったメモを残して会計室を後にする。

 伊藤君が振り放さないのをいい事に、僕はそのまま僕よりも少しだけ小さい彼と手を繋いだ。

 夕焼けで伸びた僕達の影がぴったりとくっついている事が嬉しくて堪らない。

 少しだけ歩調を速め、帰る先は僕の部屋。

 暗い室内をそのままに、僕は伊藤君を抱き締め、そっとベッドへと横たえた。





 今は午前三時といった所だろうか。

 色付き始めた空の明るさが、ほのかに室内を照らす。

 昨夜はあんなに君を貪ったというのに、まだまだ君が足りない。

 どんなに抱き締めても、キスを交わしても、僕の飢えは満たされない。

 こんな僕でも、君はまだ僕を好きだと言ってくれますか?

 何度君に好きだと言ってもらっても、まだまだ僕には足りないんです。

 君の心も、身体も。

 君の全てを僕のものにして、僕以外の目に触れないようにしなくては安心が出来ない。

 だって君は、全てに愛されている。

「君の目に、今の僕はどう映っていでしょうね?」

 すやすやと僕の隣で安らかな寝息を立てている伊藤君の髪に指を絡めながら、答えが返って来ないからこそ聞く事が出来る問いかけ。

「初めてなんです。こんなにも人を好きになるのも。手放したくないと願うのも。」

 頬を伝う涙の後に唇を落とす。

 少しだけ身じろぎ、伊藤君が僕の腰に擦り寄ってくる。

 こんな意図しない動作を見ながらも、不安は消える事は無い。

「何もかも初めてで、不安で、不安で。とてもじゃないけれど、夜も眠れない。」

 髪から頬に、頬から首筋に指を滑らせる。

「全部君の所為ですよ。僕をこんなにも虜にしておきながら、僕以外の人にまでその微笑みをばら撒くから。」

 君にしてみれば、僕はとても理不尽な事を言っているのかもしれない。それでも・・・。

「僕は不安でたまらなくなるんです。」

 郁だけが僕の世界の全てだと、そう信じていた僕を。

 その誰もを魅了する笑顔で変えてしまった。

「もう君しか見られなくなってしまったんです。」

 郁よりも伊藤君を選んだ僕に、きっと君は驚きを隠せないだろうけれど・・・。

「もう君の声しか僕には届かなくなってしまったんです。」

 君の一挙手一投足で、僕の全てが黒から白に、モノクロからフルカラーに変わっていく。

「僕をこんな風にした責任、君の一生涯をかけてとってもらいますよ。」

 覚悟して下さいね。

「自覚は無かったのですが、郁がいうには、僕はそうとう執念深いそうです。」

 君はもう僕だけの人なのだから。

 だから・・・。

「一度捕まえたからには、もう二度と逃がしてなんかあげません。」

 夜明けの空が部屋を優しく浮かび上がらせる。

 まるで、君と会った僕の様に。

 光から閉ざされた世界が、再び明るく照らされる。

「しちじょ・・・さ・・ん・・。」

 僕以外の夢なんて、絶対に見ないで下さいね。

 そんな事を考えながらも、綻ぶ口元は緩められたまま。

「君が後悔する暇も無いくらい、幸せな毎日を捧げます。だから、どうか・・・おとなしく僕だけのものになっていて下さい。」

 今、こんな事を君に言うと怖がられてしまうかも知れませんから、今はまだ眠る君と僕だけの秘密にしておいてあげます。

 でも、君を僕無しでは居られない様にしたら・・・。

 そうしたら絶対に、僕の気持ち全部を受け止めてもらいます。

 覚悟はいいですね?



 とりあえず今は、眠る君の瞳が、今日最初に写すのが僕となるように。

 そっと、罠を張り巡らせる。




 僕が君を、世界一の幸せ者にしてあげますから。

 伊藤君、どうか僕を世界一の幸せ者にして下さい。




 僕は君が好きです。



 世界で一番・・・愛してます。







七条さん一人語りっぽいです。
心のうちを暴露って感じです。
書き始まったら止まりませんでした。
甘いんだか、暗いんだか分かりません。
最後の方は胸焼けがしそうでした。
七条さんの甘さは誰にも止められません。


    葵葉奈でした。