桜 日に日に暖かい日が増えたな。 そう思って窓の外を見ると、いつの間にか桜の蕾が膨らみ、そのいくつかは花開いていた。 まだ寒さの残る青く澄んだ空に、桜の白ともピンクともいえる花弁の色が映えていた。 そういえば、彼にも青い空が似合っていた事を思い出して、急に会いたくなった。携帯電話に記憶された番号を押そうとしてふと指が止まる。 突然会いに行ったら驚くだろうか。 一瞬、居ないかもしれないという思考が胸を過ぎったが、次の瞬間にはクローゼットからコートを取り出して部屋飛び出していた。 トントン。 「はーい。」 まだ朝早い所為か、ドアをノックするとまだいくらか眠そうな返事が返ってきた。 「・・・俺だが、今いいだろうか。」 そう待たずに開いたドアから未だパジャマの彼が顔を出した。 どうやらまだ起きたばかりの様だ。少し眠そうに目を擦る姿が妙に幼くて可愛らしい。 「・・・岩井さんっ!?」 まじまじと俺の顔を見て、驚いた様に声を上げる。 卒業してまだ数日しか経っていないながらも、彼の声がひどく懐かしいものに感じる。 「眠っていたのか。」 「あ、はい。」 いつもはもう少し早く起きているんですよ。 返事をしてしまった後で、慌てて言い訳をする彼の髪は元気に跳ねていた。思わず手を伸ばして彼の髪に指を絡ませる。柔らかい髪が猫の毛の様で触り心地が良い。 「まだ寝癖とれなくて・・・。」 恥ずかしそうに顔を赤らめる彼が無性に愛しくて抱きしめずにはいられなかった。 「ちょっ・・・岩井さん?」 多少慌てている様だが、決して嫌がっている素振りが無い事にほっとする。抱きしめた俺の背中にそっと回された腕が温かい。 「ここ、廊下ですよ。」 小さな彼の声が聞こえて、一度彼を抱きしめる腕から力を抜く。周りを見回したけれど、日曜日の朝だけあってまだ人の姿は無い。 「俺の部屋に来てくれないか?」 聞けばコクンと頷く。そんな仕草さえ愛らしい。 簡単に着替えを済ませた彼が部屋の鍵を閉めて俺の手を握った。繋いだ手はやはり温かかった。 少し見下ろした位置にある彼の顔が、俺を見上げている。少しだけ早くなる鼓動が彼を好きだと叫んでいる様だ。 「・・・まだ少しだが、桜が・・・咲いていたんだ。」 部屋のドアを開ける前にそう言うと、彼がふわりと笑みを浮かべた。 「楽しみです。」 嬉しそうな笑みが俺にもうつった様で、自然と笑みが零れる。 ドアを開けて促すと、彼は遠慮がちに「お邪魔します」と部屋に入った。 「そこの窓からよく見える。」 「本当ですか!?」 教えると、彼は嬉しそうに窓辺に駆け寄る。ガラリと音を立てて窓が開き、身を乗り出すようにして桜を眺めている。 「もうすっかり春みたいですね。」 そう言って振り向いた彼の表情は春の陽だまりの様に暖かな微笑みを浮かべていて、桜よりも綺麗だと思った。 「綺麗だな。」 桜ではなく彼を見て、思ったまま口に出してしたら、彼の顔は真っ赤に染まった。そんな所さえ愛しいと思う。 桜と空をバックに笑みを投げかけてくれる彼に、俺は好きだと伝えずにはいられなかった。
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