君は僕の気持ちを知らず 隣で静かに寝息を立てている。 君が眠りに落ちてしまうと 僕は独りになってしまったようで 途端に不安で堪らなくなる。 君を確かめずにはいられない。 君の瞳が僕を写さなくなったら 僕はどうなってしまうのか自分でも分からない。 おやすみ MVP戦が終わって、もうすぐ夏休みというある日。 「テストが終わるまで二人きりで会うのは控えませんか。」 彼のその一言で、僕は一週間と数日の間二人きりで会えなくなってしまった。 僕としては彼と一時たりとも離れたくない。出来る事ならば授業中も、寮での部屋の中でもずっと一緒に居て放したくないのを泣く泣く我慢しているという状況に甘んじているだけなのに。 彼は違うのだろうか? 勉強だったらいくらだって僕が、何度でも教えてあげるのに。僕ではいけないのだろうか? 提案から2日。 ただでさえ手強いライバル達の中の一人である遠藤和希が、その事を知ってか毎晩彼の部屋に押しかけている事を知ってくらりとせずにはいられない。 (啓太君・・・それは隙を見せると大きな口を開けて食べてしまおうと涎を垂らしている狼さんなんですよ。) そう心の中で呟いてみても彼に伝わる筈も無く、今朝もまた、相変わらずの可愛さを周囲に振りまいている。 彼と話が出来る貴重な朝も、理事長が邪魔をしてくる。 もちろんしっかりと隣を陣取って、だ。成瀬に至っては彼の真正面に座ってにこにことその食事姿を眺めているではないか。 (そんなに可愛い顔をこんな公共の場で披露しないで下さい。) しかし、そんな僕の願いも叶うことなく、彼はぱくぱくとそれは美味しそうに目玉焼きやらウインナーやらを口に入れては可愛さを振りまいている。 「おはようございます、啓太君。」 今すぐ約束を破って部屋につれて帰りたい衝動を、理性を総動員させてなんとかいつもの様にあいさつしてみる。 「おはよう、啓太。今日は早いな。」 珍しく食堂で朝食を摂ると言い出した郁の機嫌が良いことは、傍から見ていればすぐに分かる事。郁もまた彼を狙う狼の一人だ。それなのに、彼はそんなことを微塵も感じていない様で。 「あっ、七条さん。西園寺さんも、おはようございます。」 またしても、彼はにっこり可愛い笑顔を振りまく。それがどんなに凶悪かなんて事を知りもせずに。 挨拶は返してくれたものの、彼はすぐに僕から視線を外してしまう。 僕には笑いかけてくれないのだろうか。不安が過ぎった所で、彼の頬が少し赤いという事に気付いた。 大丈夫、彼は照れているだけ。 そう自分に言い聞かせながら、肩に手を掛けようとしてはっとする。 触れるのもダメだと念を押されていた事に気付き、手を引いてしまう。 こんなに近くに居るのに触れられないなんて。もどかしくてしょうがない。 しっかり彼の隣を陣取った理事長に嫌気が差しながらも、もう片方の隣に座っていた生徒がそそくさと席を立った事に気付き、さり気なさを装って椅子を引く。 これで彼の近くに居られる。そう思っていた。 それなのに。 「悪いな。」 僕が引いた椅子に郁が腰掛ける。 郁は僕に向けて軽く笑うと、食事を始める。 仕方がないので僕も郁の隣の席に着いて食事をはじめる。 「郁、ズルイですよ。僕が座ろうと思っていたのに。」 小声で抗議してみても、郁にはまるで効き目がない。 それどころか、「接触禁止では無かったのか?」なんてクスリと笑って返してくる。 そこに示しをあわせたように会長とあの人がやって来た。 「よう、啓太。勉強は捗ってるか?」 「もし分からない所があったら学生会室に来ればいつでも教えてやるぞ。・・・もちろん礼はちゃんと頂要求するがな。」 クッと喉の奥で笑ったあの人に彼は慌てて「遠慮して置きます」と言った事にまたほっとして。 たった一週間だと甘く見て了承してしまった自分に文句を言いたくなる。 何故あの時了承してしまったのだろうか。 彼の願いは全て叶えてあげたいという気持ちに嘘偽りなどこれっぽっちも無いのだけれど。彼とあの約束をしてからというもの、一日がひどく長く感じる。 一緒に居る時間はあっという間に過ぎてしまうというのに、授業や会計業務、寮室で一人で過ごしている時間が、まるで止まっているかの様に思えて仕方が無いのだ。 彼はあれから勉強をするからとの理由で会計室にも遊びに来てくれなくなってしまった。もちろんそれは学生会室も同じようなのだけれどあの人と条件が一緒なのは釈然としない。 自分から彼の教室に会いに行けばそれで済む話だけれど、啓太との約束がちらついてどうしても行動できないでいる。 以前はこんな事一度も無かったのに。 まだたったの二日。 寮に帰れば学園のあらゆるカメラにハッキングをかけては啓太の姿を眺めている。 触れたい。でもそれが叶わないことが分かっているからこうして姿を眺める事で気を紛らわせる。 当たり前の様に彼には内緒でその部屋仕掛けた三台のカメラのモニタに目をやると、啓太はくぅくぅと机に向かったまま眠ってしまっていた。 「今なら、啓太君にはバレませんね。」 一人呟く事で決心を固め、いそいそと自室を後にする。 向かった先はもちろん無防備な彼の部屋。 慣れた手つきでその扉に掛けられた鍵を開けると、彼を起こさぬ様そぅっと後ろ手にドアを閉めた。 疲れているのか、彼に起きる気配は感じられない。 頭を撫で、その髪に指を絡ませる。 「こんなに無防備だと、逆に襲い難いですね。」 もし、ここに居るのが僕ではない誰かだったらという、非常に怖い考えはこの際頭の隅に追いやって、今は目の前にいる彼の事だけに集中する。 まだたった二日。それなのにもう我慢が聞かない自分に苦笑してしまいながらも、そっとその頬に口付ける。 大丈夫。まだ起きる気配は無い。 耳たぶを甘噛みしても、瞼を舐めても啓太は寝入ったままだ。 パジャマのボタンを幾つか外し、その隙間から手を差し入れ胸の突起を摘む。 「・・・っんむ。」 これでやっと起きるのだろうか? そう思ったのも束の間、彼はまた眠りに落ちてしまう。 「これじゃあ、悪戯してもつまらないですね。」 最近すっかり増えた独り言を落としてパジャマのボタンを元通りにすると、ベッドから持ってきた毛布を彼の肩に掛ける。 「無理はしないで下さいね。」 聞こえはしないだろう耳元で、吐息の様に囁くと彼の頬にそっと唇を落とす。 「啓太君、おやすみなさい。僕の夢を見て下さいね。」 彼を起こさぬ様に静かにドアを閉める。 テストが終わるその日まで、今は暫し我慢の時。 どうか、テストが終わったら 以前のように僕だけをその瞳に映して下さい。 たとえ、眠りに落ちているその時も 僕の姿を瞳に焼き付けて、僕の夢を見て下さい。 僕が不安になる事が無い位 いつも僕のすぐ傍にいて下さい。 手を伸ばせば触れられるその距離に僕を置いて下さい。 これからも、ずっと・・・ 僕だけを見て 僕だけを感じて 僕だけを好きでいて下さい。 おやすみなさい、啓太君。 良い夢を・・・ 僕の夢を。 愛しています。 「おはよう」の七条さんバージョンです。 何故啓太君に毛布が掛けられていたのか。 その謎(?)が今明らかにっ!! ・・・という程ではありませんが、寂しがり屋の七条さんのテスト準備期間です。 啓太君の部屋にこっそりカメラが設置してある事は、啓太君はもちろん他の誰にも秘密です。 葵葉奈でした。 |