オオカミさんにご用心。



 コンコンコン。

 夜も遅くに響くノックの音。

 のぞき穴から見えた手が例え白くても開けちゃダメ。

 気をつけて。

 気をつけて。

 それはオオカミのノックかも知れないよ。

 綺麗な顔も、しおらしい態度も。

 みんなみんなオオカミの甘い罠。






 オオカミさんにご用心

 寮長の篠宮さんが点呼に来た後、つまり就寝時間を過ぎた時間。
 お腹いっぱいにご飯を食べた俺は、もうすっかり眠くなっていた。
 ベッドに寝そべってうとうととしていると、トントンとドアがノックされた。
 こんな時間に訪ねてくる人と言ったらそれはもう限られていて、早く返事をしてドアを開けなくちゃと、そう思ったけれど、今日の午後に受けた体育の授業で目一杯使った体は、鉛の様に重くて思う様に動いてくれない。
 どうしようかと逡巡している内に、もう一度トントンとノックされた。
 それでもやっぱり俺が返事をする事も、ドアを開けることも出来ないでいると、訪問者が諦めた様だった。
 それからしばらくの間、俺は誰が来たのか気になって眠れずにいた。
 その内に、鍵が閉まっていた筈のドアがカチャリと小さな音を立てて開いた。
 そんな事が出来るのはこの寮では二人だけ。
 寮長で皆の部屋の鍵を管理している篠宮さんか、俺の予備の鍵を合鍵として渡している七条さんだ。

「こんばんは。」

 柔和な笑みを浮かべた七条さんが、ベッドに横になっている俺のすぐ傍までやって来た。

「あ、七条さん。こんばんは。」

 疲れて動く事を拒否する体に鞭打って、俺は何とか起き上がった。

 ちゅっ。

 目の前に七条さんの顔が迫っていた。

「あの、七条さん?どうかしたんですか?」

 恋人同士となったとは言っても、やっぱり突然のキスには驚かずにはいられない。

「伊藤君が不足してしまったので、補給しに来ました。」

 俺の質問に、七条さんはなんでもな事の様に平然として答えた。

 ちゅっ。

 今度は頬に口付けられた。

「え・・・っと。」

「ダメですか?」

 七条さんが何をしたいのかが分からなくて悩んでいると、落胆した様な表情と声音で駄目押しされた。

「い、いいえ。そんな事ないです。」

 七条さんが好きだから、七条さんがしたい事なら多分俺も嫌じゃない。
 そう思って俺は急いで返事をしたら、たちまち七条さんの顔に笑みが戻った。

 謀られた?

 そう思いながら目の前の整いすぎてる位に格好良い顔を見上げた。
 そうしたらまた、ちゅっ。と音を立てて唇を吸われた。

「ありがとうございます。では、早速・・・・・。」

 言いながら七条さんがくれたのは、長い、長いキス。
 いつも触れるだけで緊張して、酸素不足になってしまうのに、今日はそれよりもうんと長い。

「んぅ・・・・。」

 案の定酸素が足りなくなって、俺はそれを知らせる為に七条さんの胸を押した。
 それなのに七条さんは口を放してくれる所か、俺の顎をしっかりと押さえて更に唇をぴったりとくっつけた。
 ちろちろと唇を舐められたけど、どうしたら良いのか分からない。
 そうこうしている内にも酸素不足は深刻な状態になって、俺は仕方なく少しだけ口を開けた。
 でも、そこに入ってきたのは酸素じゃなくてふにふにと柔らかくて生暖かいもの。

 もしかして、これって七条さんの・・・・・っ!?

 なされるがままになりつつも何とか考えてその正体がやっと分かった時、それはもう既に俺の口の中を縦横無尽に動き回っては好き勝手に嘗め回し、最後には舌に吸い付き、絡みついた。

「ふ・・・っん。」

 今度は絡められた舌が引っ張られた。
 そんな風にやり取りがなされている内に、だんだんと体から力が抜けていく。
 このままじゃ座ってられないと思って七条さんにしがみ付いたら、そのまま後ろに倒された。
 そうしてやっと開放してもらった時、俺はもう息も絶え絶えに抗議する事も出来ずに、はぁはぁと息をするしか出来なかった。

「大丈夫ですか?」

 囁かれるその先を見て、ふと目に入った七条さんの唇。
 部屋に来た時よりも赤く染まったそれが、何だか生々しくて俺は急いで目を逸らした。
 七条さんの大きな手に両頬を包まれ、顔を覗き込まれた。

「明日も学校がありますし、今夜の補給はこれだけで我慢しようと思ったのですが・・・・・。」

「?」

 目の前に唇が近付いてきて、思わず閉じたその上がぺろりと舐められた。

「可愛すぎる君が悪いんです。」

「えぇ!?」

 ぷちぷちと手際良くボタンが外されてできた隙間から、ひんやりとした手が入ってきた。

「明日は二人でゆっくり休みましょうね。」

 そう言ってにっこり笑んだ七条さんの背中に黒い羽がパタパタとしていた。

「あ・・・あの、七条さん?」

 抵抗しようとその肩に乗せた手は、俺より大きなそれでシーツに縫い付けられた。

「愛してますよ、伊藤君。」

 まだ暗い窓の外。
 部屋の中には俺より14cm大きい、銀色の優しくてマイペースなオオカミ。
 結局俺はオオカミから逃げる事なんて出来なくて、学校を二日間休んだ挙句そのまま週末を迎えた。
 甘い甘い週末は、部屋から一歩も出る事は叶わなかったけれど、大好きな優しいオオカミに目一杯甘やかされて過ごした。
 週明けの授業は、出された宿題の多さに目眩を感じる程大変だったけれど。
 たまになら。
 本当にたまになら、こんな風に大好きな人を独り占めにして、他の何からも開放されて過ごすのも良いかも知れない。







 例え気をつけていてもオオカミはやってくる。

 扉に鍵を掛けても無駄。

 だって、もうオオカミに鍵を渡してしまったのだから。

 鍵を渡す時には気をつけて。

 相手は本当にオオカミじゃない?

 気を抜いているとパクリと一口で美味しく頂かれちゃうよ。

 どんなに綺麗な顔をしていても。

 どんなにしおらしい態度を取っていても。

 気をつけて。

 気をつけて。

 真っ黒な手を小麦粉で白く染めちゃう位。

 自分がオオカミの大好物だって事を忘れないで。

 でも。

 実は羊も、オオカミに食べてもらいたくて。

 身支度を整えて待ってたりして・・・・・!?









 七条さんオオカミになるっ!
 七条さん月間になって、一応3つ目のお話です。
 啓太君はもちろんオオカミの大好物vです。
 鍵なしでも部屋に入るくらい余裕でしてくれそうな七条さんですが、そこはそれ。
 啓太君の愛の証(?)である部屋の鍵をしっかりもらっているのですよ。
 もちろん自分の部屋の鍵も渡してますよ。
「いつでも好きな時に来て下さいね。啓太君ならいつでも大歓迎ですv」
 なんて人前で堂々と言ってのけてださりそうvv
 それとも・・・・。
「毎日でも夜這いに来て下さいね。」
 でしょうか???
 まあ、どちらにせよ。
 紅茶に砂糖と蜂蜜を流し込んだ位、二人の関係は甘〜いものである事は確実でしょう!!
 七啓万歳っ!

葵葉奈でした。
04.09.18