ホワイトデー七×啓




 ドッグタグ



「啓太君、ちょっと出掛けませんか?」

 いつもならゆっくりと眠らせてくれる日曜日。
 時計を見ると、まだ時間は6時。

「こんなに早い時間に、ですか?」

 ちょっとだけ不思議に思って聞いてみると、七条さんは心配そうな顔をする。

「ええ、ちょっと見せたいものがあるので。しかし・・・まだ体が辛いですか?」

 辛いのなら仕方ありませんが。と七条さんの瞳が曇る。

「いいえっ、そんな。体ならもう大丈夫です。」

 七条さんに笑ってもらいたくて、まだ少し辛い体をベッドから起こして元気だとアピールする。
 そうすると七条さんはにっこりといつもの様に笑ってくれた。
 窓から差し込む光がとても眩しかったけれど、それ以上に七条さんの笑顔が眩しい。

「じゃあ、早速着替えて行きましょうか。」

 にこにこと楽しそうに笑う七条さんにつられて俺も笑ってしまう。

「はいっ。」

 七条さんの部屋に置いてある、お泊りセットの中から適当に服を選んで身に着ける。
 歯を磨いて、顔を洗って。
 すっかりついてしまっている寝癖に少し水をつけて抑えて仕度完了。

「七条さん、こっちは支度出来ました。」

 洗面室から顔を出すと、もうすっかり身支度を整えた七条さんが、くすくすと笑っている。

「そんなに慌てなくてもいいですよ。まだ、時間はありますしね。」

 部屋には美味しそうな匂いが漂っている。
 ベーコンエッグにウインナー、トーストに野菜スープ。
 とっても美味しそうな朝食が二人分、向き合う形で並んでいる。

「うわーっ、美味しそうですね。」

「そうですか。啓太君にそう言って貰えると嬉しいですねぇ。」

 素直な感想を言っただけなのに、七条さんはとても嬉しそうに笑う。

「さあ、冷めない内に食べてしまいましょう。」

 七条さんと向かい合わせに座る。

「いただきます。」

「どうぞ召し上がれ。」

 いつも思うけれど、好きな人と向かい合わせで食べるのは、少し気恥ずかしい。でも、それ以上に嬉しくてどきどきする。
 七条さんは食事をするのも様になっていてカッコイイ、いつの間にか見惚れてしまう位に。
 俺の視線に気づいたのか、七条さんと目が合う。

「口に合いませんか?」

 七条さんにそう言われて、自分の手が止まっていた事に気がついた。

「いいえ、とっても美味しいです。」

「ですが、あまり進んでいないようですよ?どこか具合が悪いのですか。」

 心配そうな七条さんの瞳。
 大きな掌が、労わる様に俺のおでこに触れ、そのまま頬を包んだ。

「熱は・・・無いようですね。」

「うわぁっ。」

 いきなりの七条さんのアップに、ますますどきどきしてくる。

「あ、あの・・・俺。本当にどこも具合は悪くないんです。」

「では、どうしたんですか?」

 どうしよう。
 心配かけちゃった。
 今更、七条さんに見惚れていて手が止まっていただなんて言い難いけど、このまま七条さんに心配掛けるわけにはいかないよな。
 恥ずかしくて、優しく微笑んでくれる七条さんをまっすぐには見られない。

「その、ご飯を食べてる七条さんもカッコイイなぁ・・・って、つい見惚れちゃって。」

 七条さん呆れてないかな。

 どきどきしながら七条さんを見る。
 でも、七条さんにそんな様子は全然無い。
 それどころか、とても嬉しそうに笑っている。

「ありがとうございます。啓太君の可愛い瞳に、僕は見惚れる位カッコ良く映っているなんて嬉しいですね。」

 更に嬉しそうに笑うから、俺まで嬉しくなる。
 二人でくすくす笑いながら朝食を済ませて、七条さんの部屋を後にした。










 暖かい七条さんの大きな手。
 ぎゅっと握ると、同じ様に握り返してくれる。
 いつ誰と会うか分からなくてどきどきしてる事、七条さんは気づいているのかな。
 もし誰かに見られてもいいって思える位、この手を離したくないって事も気付いているのかな。

「まだ誰も起きていないでしょうから、恥ずかしがる事なんてありませんよ。」

 七条さんのその言葉に説得される形で、仲良く手を繋いで寮の廊下を歩いた。
 七条さんの言っていた通り、誰一人にも会う事なく屋上に着く。

「出掛けるって、屋上にだったんですね。」

 そう言って、すぐ傍にいる七条さんを見上げると、やっぱり優しい笑みを返してくれる。

「啓太君、見てください。もうすぐ日が昇りますよ。」

 七条さんの指差す方向を見ると、雲の隙間から漏れた金色の光が、海に反射してまた雲に返る。
 きらきらと波の動きによってその反射角が変わって、ちかちかと何かの合図をしている様にも、空の上で瞬いている星の様にも見える。

 とても綺麗だ。

 こんな風景がここから見られるなんて、ちょっと得した気分。
 改めて七条さんを見ると、すぐに目が合う。
 それがなんだか気恥ずかしいけれど、嬉しい。

「七条さん、ありがとうございます。俺、こんなに綺麗な景色見るの久しぶりです。」

「そうですか。僕には、啓太君の方がずっと綺麗に見えますよ。」

 素直にそう言ったのに、七条さんはそう言って誤魔化してしまう。
 本当に綺麗だと思ったのに。

「でも、そうですね。七条さんの方がこの景色よりもずっと綺麗です。」

 七条さんの銀色の髪も紫色の瞳も、陶器のように白い肌も、朝日に照らされて、うっすらと金色に染まる。
 にっこりと優しく微笑むその顔はとても穏やかで、見ているだけなのにこっちまで穏やかな気持ちになれる。

「じゃあ、引き分けですね。」

 そう言って、七条さんは楽しそうに笑う。七条さんのこの表情を、今、自分だけが独占しているのだと思うと嬉しくて仕方がない。

 どきどきが止まらない。

 一緒にいるだけで幸せなのに、今日はいつもよりもっと、ずっと幸せ。
 この気持ちを表す言葉が見つからなくて、むずむずする。

「七条さん、大好きです。」

 突然抱きついた俺に、七条さん、びっくりしてる。
 やっぱり突然すぎたかな。
 でも、どうしてもこうせずにはいられなかった。言わずにはいられなかった。

 もっともっとくっついていたい。
 もっと・・・沢山、七条さんに好きだって伝えたい。
 気持ちが溢れて、零れて。
 この気持ち全部を七条さんに掬ってもらいたい。

「君って人は・・・どこまで僕を喜ばせたら気が済むんですか。」

 見開いた瞳は、すぐに薄っすらと細められて。
 そんな風に見つめられると、くすぐったい様な、こそばゆい様な気持ちになる。

「僕だって、愛していますよ。啓太君。」

 首に何かを掛けられて、ぎゅっと抱きしめられる。

「俺も。あ、あいしています。」

 抱きしめ返すと伝わってくる、いつもより高めの体温。
 好きの気持ちが少しずつ体温を高めているみたいで、幸せな気分になる。
 少しだけ力が緩められた腕の中で、七条さんを見上げる。

「あのっ、これ・・・。」

 手にとって見ると、それは七条さんの名前が入ったドッグタグだった。

「今日はホワイトデーですから。」

 見ると七条さんの胸にも同じものが下がっている。
 七条さんはそれを俺の目の前に翳して見せた。

 ”KEITA・I”

 刻んである、俺の名前。
 七条さんを見上げるとにっこりと笑っていた。

「これで、僕は啓太君のもの。啓太君は僕のものです。これから先も、ずっと僕と一緒にいて下さいね。」

「はいっ!」

 これから先も、ずっと一緒。
 その言葉が嬉しくて、今度は自分から七条さんに抱きついた。

「七条さん、ありがとうございます。俺と、ずっとずっと一緒にいて下さい。」

 すっかり日が昇って、朝の白い光が屋上いっぱいに注がれていた。
 七条さんの笑顔はやっぱり眩しくて。

「七条さん、大好きです。」

 もう一度言わずにはいられなかった。

「僕もあいしてます。」

 七条さんはやっぱりそう言って、まずは手の甲に、それからおでことまぶたに、頬に、唇に・・・啄ばむ様なキスの雨を降らせてくれた。
 触れた所から広がる暖かさが、優しい七条さんの気持ちみたいで心の底から暖かくなる。
 この瞬間が俺の宝物。

「今日は一日僕の部屋で過ごしましょうね、啓太君。」

 そう言ってにっこり笑った七条さんと、ここに来た時と同じ様に手をつないで部屋に戻った。
 一日中、大好きな七条さんとその部屋で、いつもと同じ二人だけの時間を目一杯楽しんだ。


 もちろん、月曜日の朝は立つ事すらままならず、七条さんと二人サボタージュ。

 和希にはいっぱい叱られそうだけど、今はまだ何も知らずに大好きな七条さんの腕の中・・・。







ホワイトデーは過ぎてしまいましたが、ホワイトデーのお話です。
出来るだけ甘く仕上げたつもりですが、いかがでしたでしょうか?
どきどきです。

七啓と屋上。
七条さんのお誘い先は色々迷いました。
今年のW.Dは休日でしたし、思い切って学園島の外へ繰り出しても良いかな、なんて思ってもみたのですけど。
やっぱり島内でのんびりまったりも良いかなって。



葵葉奈でした。
(2004.03.19)