告白 
 
 
 いつもの様に食堂に行くと、彼が落ち込んだ様子で一人食事を摂っていた。 
 普段の楽しそうな笑顔をどこかに忘れてきてしまったかの様な、悲しげな表情が気になって、僕は彼の元へと近寄った。
  
「伊藤君、こんばんは。ご一緒してもよろしいですか。」
  
「七条さん・・・あっ、はい、どうぞ。」
  
 彼の隣の椅子を引き、落ち着いた。 
 普段の彼ならば、美味しそうに食べるのに、今日はまるで味がしないとでも言いたそうな顔をしている。
  
「どうしたんですか、元気が無いみたいですね。」
  
 出来るだけ彼が警戒しない様に出来るだけ優しく問いかける。
  
「七条さん・・・あの、俺・・・。」
  
 それでも言い淀んでしまう彼に、僕は安心させるようににっこりと微笑んでみせる。
  
「ここでは話しづらい事のようですね。」
  
 そう言って僕は、ここぞとばかりに彼を自室へと招いた。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 自室の鍵を開け、彼を促すようにその肩を抱く。
  
「どうぞ。」
  
 われながら無機質だな、と思う自室を、彼は興味深そうにきょろきょろと見ている。
  
「お邪魔します。」
  
 初めて入る僕の部屋に緊張しているのか、どこかビクビクした様子の彼に苦笑いが漏れる。
  
「今紅茶を入れますから、そこに座っていてくださいね。」
  
 くすくす笑いながら、僕は簡易キッチンへ入るとすぐさまお茶の準備に取り掛かる。
  
「あの、お構いなく。」
  
 遠慮がちな彼の物言いは美徳であるかも知れないが、僕には遠慮なんてして欲しくなかったので聞こえなかったフリをする。
  
「温かい内にどうぞ。」
  
 飴色の紅茶から漂う甘い香りに、彼はほうっと息をついた。 
 どうやら少し緊張がほぐれたようだ。 
 とても喉が渇いていたようで、彼は一口飲んで息を吐くと、ぐびぐびと残りを一気に飲み干した。
  
「美味しかったですか?」
  
 にっこりといつもの笑みを纏い、「もう一杯どうぞ」と彼のティーカップに紅茶を注ぐ。
  
「俺、実は好きな人が出来たみたいで・・・・・。」
  
 突然の彼の告白。 
 それを聞いて、一瞬自分の動きが止まったのが分かった。 
 ぽつり、またぽつりとなされる自分ではない他者への告白は、正直聞いていたくないものだっただけれど、自分から訊ねたからには最後まで聞かなくてはならないと思うと、正直な所かなり気が重かった。
  
「・・・それで、伊藤君はどうしたいんですか?」
  
 自分でもはっきりと分かる位硬い感じのする声に、さっきまでじっとカップを見ていた彼が思わずといった面持ちで僕を見つめた。
  
 ――― しまった!
  
 そう思った時にはもう既に遅かったのか、彼の大きな双眸には僕に対してであろう怯えの色を見てとれた。 
 それがとても切なくて、胸が締め付けられるようで苦しくてたまらない。 
 それでも何とか笑みを浮かべると、先程よりは安心できたのか、ほんの少しだけ首を傾げてから彼はまた視線を僕からカップへと移して話を続ける。
  
「どうしたいのか、自分でも分からないんです。一緒にいるとそれだけで嬉しくて、話が出来たらそれだけで一日中幸せでいられるんです。とっても優しくて、格好良くて、頭が良くて、俺が知らないたくさんの事を知っていて、俺が困っているといつの間にか助けてくれてるんです。綺麗だけれどどこか儚げで、出来ることなら俺が守ってあげたいって・・・そう思わずにはいられないんです。」
  
 ああ、これはきっと郁の事を言っているのだろう。 
 漠然と、ただそう思った。 
 そう思う事で納得できる最近の彼の言動。 
 よく会計室に顔を出しては仕事を手伝い、お茶にしようと言えば自分も手伝うと自分と一緒に簡易キッチンへやってくる。 
 そんな彼の姿が愛らしくて、何度抱きしめたい衝動に駆られたのを我慢した事だろう。 
 彼との話は溢れゆく湯水の様に話題が尽きない。 
 そのほとんどが郁の話だったとしても、僕は彼と話をする事で胸が温かくなるのを感じていた。 
 郁との会話でも、こんな風にどきどきと胸が高鳴る事は無かったし、これほど暖かく柔らかな気持ちになる事も無かった。 
 自分の言葉一つでくるくると良く変わる表情は魅力的で目を離せなかった。 
 笑ったり、怒ったり、時には涙ぐんで。 
 その全てが僕を柔らかくしてくれた。 
 
「でも、相手もその・・・男の人で。だから、男の・・・しかも俺なんかに告白されたら、きっと気分を悪くするんじゃないかって思って・・・。」
  
 涙の滲んだ瞳で見上げられ、理性が崩れそうになる。 
 彼の言った言葉を自分の中で反芻して、愕然とする思考が僕から笑みを奪う。
  
「あの、七条さん?」
  
 僕の顔を見て怯えた顔をする彼の為に、必死に笑顔を作るけれど、どうにもそれは容易ではなかった。
  
「あっ、すみません。こんな事相談されても七条さんだって困っちゃいますよね。」
  
 泣きたいのを必死に堪えている様な顔。 
 その顔を見るだけで彼が本気なのだと分かる。 
 郁が彼を特別に思っている事は傍目から見ていても良く分かるから、彼が郁に告白したならばすぐにでも二人は付き合うことになるだろう。 
 でも、そんな事はどうしても嫌だった。たとえ郁にでも彼を取られたくない。 
 出来る事なら彼の恋人として、自分がずっとその傍に在りたいと思う。 
 郁は、僕にとって大切だという事に変わりは無い。 
 けれど、それ以上に彼を特別に・・・・そう、愛してしまった。 
 どちらもとても大切な人で、どちらも手放したくない。 
 それなのに、彼が郁に告白したならば、二人とも僕の手から離れてしまうではないか。 
 この考えが自分勝手だという事位自分でも良く分かっている。 
 二人の友人が思い合っているのだから自分は手を引き、愛し合う二人を応援するべきなのだという事も。 
 でも、それは僕にはどうしても出来ない事だった。 
 どうしてこんなにも物事は上手く運ばれないのだろう。 
 今まで自分の全てだった郁を、まさかこんな風に思う日が来るなんて、以前の僕には想像すら出来ないだろう。 
 
「ああ、すみません。で、もし宜しければ相手の方のお名前を教えていただけませんか。」
  
 99%そうだと確信しているのだけれど、まだ確実に郁が相手だと決まったわけではない。 
 相手が郁以外だったなら無理やりにでも自分のものに出来るかも知れない。 
 そんなおこがましい考えがふと頭を過ぎり、悪あがきだとは分かっていても聞かずには居られなかった。
  
「ごめんなさい・・・。相談しておいて自分勝手だと思うんですけど、それだけは・・・言えません。」
  
「いえ、いいんですよ。こちらこそ言いにくいことを聞いてしまいましたね。すみません。」
  
 顔を真っ赤に染めて、目を伏せるその様はとても愛らしい。 
 どうしたらこの愛らしい彼は郁より僕を好きになってくれるだろうか。 
 そう考えて先程の彼の言葉が思い浮かぶ。 
 郁より優しくて、格好良くて、頭が良くて、彼が知らないたくさんの事を知っていて、彼を助けるだけの力があればいいのだろうか。 
 はっきり言って郁より目に見えて優しく接する事は出来ると思う。 
 だが、他はどうだろうか。 
 自分の世界そのものの様な郁に勝る様なものを持ち合わせているという自信がない。 
 あるとすれば、彼への愛情。ただそれだけだ。 
 今彼が欲しがっているだろう言葉は分かっている。 
 だが、それを言った時、彼はもう絶対に僕のものにはなってくれないという事も分かっている。 
 だから言えない。 
 ・・・・・否、言いたくない。 
 
「告白をするんですか?」
  
 顔は取り繕えたけれども、どうやら声までは無理だった様だ。 
 自分で聞いていても、十分冷たい声音だと思う。 
 その証拠に顔を上げた彼の目は見開かれていて、今にもまた泣き出しそうだ。 
 
「・・・・はい。」
  
 たとえそれで彼が悲しむのだとしても、その時は自分が抱きしめてその悲しみを癒そう。 
 自分の行動を誰に咎められようとも、気付いてしまったこの気持ちは、無視するには大きくなり過ぎていた。
  
「そうですか。上手くいくといいですね。」
  
 我ながら心にも無い言葉だと思う。 
 でも、あまりにも悲しそうな顔をしてたから、そんな顔を見ていられなくて思わず口をついて出てしまった。
  
「ありがとうございます。」
  
 そんないい加減な言葉にも、彼は素直に元気を出してくれた様で、まだ少し目元が濡れていたけれどその顔にはいつもの笑顔が戻っていて、ほっと静かに息を吐いた。 
 
 
 
 それからは郁の話や課題の話、今日何があったとかといつもの様に話は弾んで、いつの間にか消灯時間が迫っていた。
  
「近い内に、告白してすっきりしてこようと思います。」
  
 僕の目をまっすぐに見て言われたその言葉に、この恋のタイムリミットを知った。 
 悩んでいる様だったから、タイムリミットはもう少し先の事だと勝手に決め付けていたのかも知れない。 
 彼の表情は、その決意の固さを表す様に引き締まっている。 
 もうどうにもならない事を悟り、ほんの少しだけ枷が外れた。 
 ドアを開けて部屋を出ようとする彼を捕まえて抱きしめる。 
 驚いた様に振り返った彼の眼に自分の姿が映っている事に満足する。 
 彼を抱きしめている今だけは、彼の思考は僕で占められていると思うと自然と笑みが浮かぶ。 
 
「そうですか。・・・・・頑張って、下さいね。」
  
 誤魔化す様にそれだけ言って、彼を解放する。 
 さっきまで笑顔だったその顔は、悲しそうに歪められていた。 
 
「応援しています。」
  
 自分がしなければならない事を確認する様に呟いた声が彼にも聞こえた様だった。 
 
「ありがとうございます。おやすみなさい。」 
 
 そう言って、彼は僕に背を向けて走り去っていった。 
 
 その日の夜は、久しぶりに中々寝付けなかった。 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
甘い話になる筈だったんですけれど、なんだかすれ違い。 
書いてて罪悪感が・・・・。 
しかもそのまま終わっちゃいましたよ。 
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・・・・。 
背筋がぞくぞくぅってしましたよ。 
もしかしたら、七条さんが背後に居るのやも知れません。 
きっと顔はにっこり笑っていても、滲み出るオーラは真っ黒な闇色に染まっている事間違いなしですよっ! 
ぞくぞくが治まらないので、このまま足早に逃げさせて頂きます。 
ではでは〜。 
 
葵葉奈でした。
04.09.01 
 
 
 
 
 
 
 
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