Happy Surprise.
 
 
 
放課後の美術室。 
 
普段から部員もまばらにしか顔を出さないその部屋にいつも居るのは、部長を務める岩井卓人ただ一人だけ。 
そんな美術室も、啓太が毎日のように現れるようになってからは賑やかだった。 
それなのに、ここ数日啓太が顔を出さなくなってしまった。 
 
窓から外を見下ろすと、急いでいるらしい啓太の姿があった。 
どうやら今日も美術室には顔を出さないようで、気落ちしてしまう。 
 
「ふぅ・・・。」 
 
自然と吐いてしまった溜め息に苦笑いが漏れる。 
気を取り直そうと軽く首を振り、キャンバスに向かう。 
いつもならキャンバスに向かえばすぐに集中できるというのに、今日はそうする事が出来なかった。 
 
今まではこんな事無かった。 
静かに目を閉じると、浮かぶのは啓太の顔ばかり。 
 
いつもの様に静かに立ち上がり、ばさばさと棚の奥から今までに描いたラフスケッチの束を取り出す。 
そのどれもが啓太で、笑っているものもあれば泣いているものも怒っているものも、果ては眠っているものまで何百枚にもわたるスケッチが机いっぱいに広がる。 
そのスケッチの一枚一枚を愛しげに見つめては表情別に振り分ける。 
 
「卓人、入るぞ。」 
 
返事をする前に篠宮が入ってくる。 
 
「まったく・・・お前また昼飯を抜いただろ・・・。」 
 
篠宮が入るなり小言を始めるが、机いっぱいに広がったスケッチを見るなりぴたりと止まった。 
スケッチの一枚一枚を食い入るように見つめる。 
 
「・・・どうした?」 
 
声を掛けられて、ハッとする様にして岩井を見つめるなり。 
 
「一枚貰っていっても良いだろうか?」 
 
とても真剣な顔で言われる。 
 
何百枚もある中の一枚。 
それでもそこに描かれているのは、どれもが皆自分に向けられた自分だけが知っていたい表情だ。 
だから、たとえ友人の頼みといえども断る事しか出来ない。 
 
「・・・それは無理だ。」 
 
いつもと違い、即答できっぱりと返す。 
そんな自分に、篠宮は無理強いする事なくただ「そうか」と残念そうに笑った。 
 
 
 
 
コンコン。 
 
行儀の良いノック音がして。 
 
「岩井さん、こんにちはー。」 
 
タイミングを見計らったようにして本物が現れた。 
 
「・・・ああ。」 
 
「伊藤、どうしたんだ?」 
 
二人の応対の差などさして気にするでもなく、啓太にはいつもの笑顔が浮かんでいる。 
 
「あっ、篠宮さんもいらしてたんですね。」 
 
久しぶりの美術室を見回すと、啓太の視線が机の上で止まる。 
 
「な・・・ななっ、何ですかこれーっ!!」 
 
一気に真っ赤になった啓太を見て、二人が顔を見合わせてくすりっと笑う。 
 
「伊藤のスケッチだが?」 
 
「どうみても伊藤だろう?」 
 
平然とそう言われてしまっては、啓太に出来るのはただあたふたする事だけで。 
 
「で、でも、こんなに沢山っ・・・一体いつ描いたんですか?」 
 
涙目になりながら尋ねるその行為すら、二人にとっては可愛いもので。 
 
「伊藤が来た日には一日二十枚位だったと思うが・・・。」 
 
実はこの中には来なかった日に描いたものも沢山ある。 
それが一番分かるのは、篠宮が手に持っていた”幸せそうな顔をしてベッドに沈んでいるパジャマ姿の啓太”で、枕をぎゅーっと抱き締めている。 
自分でも啓太の可愛さが良く表せたと気に入っている一枚で、篠宮が欲しがるのも頷ける一枚だった。 
そしてその絵が描かれた場所は明らかに寮の自室で、決して美術室ではない。 
 
「そんなにっ?」 
 
驚く啓太を瞳に焼き付けるように見つめた後。 
 
「伊藤、用事があったんじゃないのか?」 
 
篠宮の問いに、後ろで岩井も頷いている。 
 
「あっ、そうでした。俺、もうびっくりしちゃって・・・とっても大切な用事の事、忘れちゃう所でした。」 
 
相変わらず眩しい笑顔を浮かべながら、啓太はバックから二十センチ四方の箱を取り出した。 
箱は綺麗にラッピングされていて、リボンまで付けられている。 
啓太はその箱を両手で持って、そっと自分に差し出した。 
 
「岩井さん、お誕生日おめでとうございます。」 
 
その言葉に二人は顔を見合わせる。 
二人とも啓太には誕生日の話などする筈も無く、二人で居る時にはお互いの誕生日でも特に何もせずに過ごしていたので、二人ともすっかり忘れていたのだ。 
 
「何で・・・。」 
 
知ってるんだ?と言う前に遮られる。 
 
「実は・・・ここ四日間会計室のお手伝いに呼ばれていて。あっ、昨日までだったんですけれどね。その褒美にって今日、西園寺さんが教えてくれたんです。」 
 
はにかむその表情すら愛しくて、席を立つ。 
そっと包み込むようにして抱き締めると、啓太の手が背中に回される。 
 
「俺、今日までそれ知らなくて・・・だからホームルームが終わった後に急いで買いに行ったんです。」 
 
恋人の誕生日を当日まで知らなかったなんてダメダメですよね・・・と落ち込む啓太の頬にキスを落とす。 
啓太の体がびくりと跳ねたけれど、そんな行動すら可愛いと思ってしまう。 
 
「・・・ありがとう。大切にする。今までで・・・一番嬉しい誕生日だ。」 
 
そう言った途端、啓太は再び明るい笑みをその顔に湛え、ほのかに頬を染める。 
もう一度、今度は反対側の頬に唇を落とすと、受け取ったプレゼントを机の上に置き、包みを開けた。 
 
「喜んでもらえると良いんだけど。」 
 
プレゼントを開ける自分を見つめる啓太の視線を感じながら箱を開けると、出てきたものはアルミの蓋のついた大きめの丸いビン。 
その中には青やピンク、黄色などの色とりどりの包み紙にくるまれたキャンディーが入っている。 
 
「岩井さん、食事を取るのを忘れるぐらい集中しちゃうから。これなら絵を描きながらでもなめられるかなって思って。あんまり栄養は無いけれど、何も口にしないよりは良いと思うんです。」 
 
少しだけ真剣な顔をして、言い訳めいた事を言う啓太に見とれずには居られなかった。 
 
ああ、なんて可愛いんだろう。 
 
そう思ったのはもちろん自分一人でないことは分かっている。 
分かっているからこそ、油断できない。 
お互いに視線を合わせ火花を散らす。 
でも今だけは、自分の事を考えてプレゼントを選んでくれた彼の行為を喜ぼうと思う。 
友人兼ライバルに視線を向ければ、仕方ないなという顔をして。 
 
「じゃあな。卓人の無事も確認できたから俺は部活に戻る。伊藤、卓人の事頼むな。」 
 
と、手に持っていた啓太のラフスケッチをひらひらとさせる。 
 
「・・・篠宮。」 
 
呼びかけるけれども時既に遅く、篠宮は美術室のドアを閉めてしまっていた。 
 
「岩井さん?」 
 
不思議そうに首をかしげてみせるから。 
 
「やっと二人になれたな。」 
 
部室の鍵を閉め、啓太を抱き締めた。 
啓太と二人きりのバースデー。 
こんなに嬉しい誕生日は初めてだ。 
来年も、再来年もこうして二人で過ごせる事を、今はただ心の奥底で静かに願う。 
 
 
 
 
 
 
 
 
岩啓BD記念SS。 
のりのりで書いてはみたものの・・・。 
ちゃんと岩井さんになっているのかも謎です。 
岩井さんといえば篠宮さんかな・・・なんていう偏見(?)から篠宮さんも出してはみたのですがやっぱりちゃんと篠宮さんらしくなっているかこれもまた謎の一品が出来てしまいました。 
啓太君が岩井さんに「誕生日おめでとうございますv」ないし「ハッピーバースデー♪」と言うのを書きたかったんです。 
 
なにはともあれ、岩井さんお誕生日おめでとうございますvv 
 
葵葉菜でした。 
(2004.03.04)
 
 
 
 
 
 
 
 
  
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