Think
 
 
 
美術室の窓の外に広がる曇天を背景に綻ぶ梅の花を、ただ何をするでもなくぼぅっと眺めていたら、軽いノックの音と共にその扉が開いた。 
 
「卓人、入るぞ」 
 
部屋の壁にかかっている丸い時計を見て、この時間に来るのは篠宮くらいだろうと、そう予想をつけた通り、開いたドアからはいつも通りきりりと引き締めた顔をした篠宮が入ってきた。 
返事を待たずに入ってくる辺り、丹羽の事を言えないだろうと思うのだがそれは言わないでおく。 
俺の場合返事をする事の方が稀らしいから、言えば墓穴を掘る事になるだろう。 
 
「…ああ」 
 
どうせまたちゃんと飯を食えだの、生活習慣を見直せだのといった話だろうと、窓辺に置いた花瓶に生けた梅の花に視線を戻し適当に先を促した。 
今日は啓太が来ると言っていたから、出来ればその前に篠宮の説教は聞き終えてしまいたい。 
 
「お前、そろそろ誕生日だろう」 
 
そう思っていた所に全く予想していなかった事を聞かれ、一瞬思考が奪われた。 
 
「……そうだったか?」 
 
その所為か少し返事が遅れてしまったが、視線を再び室内に戻し篠宮を見てみたものの特に気にしてはいない様だった。 
それどころか、よく見るとどこか落着きがない気もする。 
相手の動向をよく見ながら話す篠宮にしては珍しく、どこかうわの空というか、そわそわとしているというか、とにかく落着きがない。 
だが、この分なら今日は説教を聞かずに済むなとホッとした。 
そこまで考えた上で自分の誕生日を思い浮かべてみるも、そもそも今日が何日なのかが分からない。 
まあこの間啓太がやってきて豆を一緒に豆を撒き、年の数分数えて食べたのだからもう節分は過ぎて数日は経っている筈だ。 
それなら確かにそうかもしれないなと思う。 
しかし、昨年まではそんな事聞かれなかった様にも思うのだが、何か事情が変わったのだろうか? 
 
「ああ。それで、だな。何か欲しいものはあるか?」 
 
疑問に思い篠宮を見つめれば、何かを誤魔化すかの様に口早に様向きを告げてきた。 
欲しいもの。 
そう聞かれて思い浮かぶものがないでもないが、こればっかりは篠宮に言ってもなぁと思う。 
第一モノですらない。 
 
「啓太…」 
 
「却下だ」 
 
せっかく気を回してくれたのだからと答えてみたが、最後まで言い終える前に速攻で「却下」されてしまった。 
啓太に祝ってもらえたら…。 
いや、祝ってもらえなくとも、当日会って笑った顔の一つでも見られればそれで十分だと、そう言おうと思っていたのだがどうした事か。 
まったくもって篠宮らしくない。 
 
「……」 
 
普段なら、人の話は最後までちゃんと聞けと言う癖にと、そんな思いを込めて篠宮を見ると、先程の行いを気まずく思っているのか、いつもはまっすぐ相手の目を見て話す男が目を泳がせていた。 
そう言えば最近俺に説教してくる回数が減ったなと思う。 
そして、代わりにせっせと啓太の世話を焼く姿を見るな、とも。 
もしかして篠宮もそうなのだろうか? 
まっすぐでキラキラしている啓太だから、きっと惹かれるなという方が無理なのだろう。 
だが啓太だけは、たとえ篠宮といえど譲れない。 
 
「ほ、他に何かないのか?食べたいものとかだな…」 
 
篠宮が真剣な顔をして聞いてくればくる程、なんと答えたらいいのか分からなくなる。 
 
「……筆をそろそろ買い換えようかとは思っていたが」 
 
「そうか筆かっ!」 
 
だから、とりあえず週末にでも町へ買いに行こうと思っていた備品を口にした。 
それを耳にするや否や、篠宮は俺の肩をがしっと掴み「どの筆がいいんだ。ん?」と詰め寄って来た。 
 
「そこにあるのだが…」
 
「ん…どれだ、卓人」 
 
手元に置いてあったそれを指さしたが、篠宮にはどれも同じ筆に見えるのだろう。 
違いを見極めようとしてか、肩にかけた左手はそのままにすいっと右手を筆に伸ばした。 
重い。 
だが、いつも面倒を見てもらっている身としてはそれと言い難い。 
 
「これか?」 
 
「いや、その隣の平たいのだ」 
 
「ああ、これか。ちょっと見せてもらうぞ」 
 
そう言ってひょいと筆を取ると、今度はその筆を見ては何かメモしている。 
もしかして本当にくれる気なのだろうか? 
 
「篠宮」 
 
「…なんだ?」 
 
メモをしながらでもちゃんと返事を返してくる辺り、やっぱり篠宮だなぁと思う。 
 
「その……週末に買いに行く予定だから気にする必要は」 
 
ないぞ。と、そう言う間もなくまた肩を掴まれ篠宮の方を向かされた。 
 
「それなら何が欲しいんだ!」 
 
「一体どうしたんだ?別に今までだって特にこれといった事はしていなかったと思うが」 
 
何をそんなムキになっているのか分からない。 
それよりも、と時計を見た。 
いつもなら啓太が来ている時間をとうに過ぎている。 
何かあったのだろうか? 
 
「篠宮、悪いがちょっと・・・」 
 
そう言って俺は、啓太を探しに行くべく篠宮を避けてドアを開けた。 
 
「「あっ」」 
 
そこには、中腰で俺を見上げる啓太がいた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
岩井さん、遅くなってしまいましたが誕生日おめでとうございます! 
ここではまだお祝いまでこぎつけていませんけれど、次回ではきっとお祝い出来ると思います。 
……たぶん; 
 
葵葉菜でした。 
(09.03.14)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
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