橘燈也様から頂きました、2222hitキリバンリクエストSSです。




 愛しい一瞬の間







 目の前のクラスメイトに、俺は素朴な疑問をぶつけてみた。

 で、返ってきた答えがこれ。

「そういや、ないな」

「だろ?」

「結構定期的にあったもんだって覚えがあるんだけど。俺の中じゃ」

「何だよ、今の席じゃ不満か?」

「そういうわけじゃないけどさ。……ああ、そっか。冷暖房完備だもんな、この学園は」

 真夏の日差しでカーテンがなかったら過ごせない窓際の席も、冬になると隙間風で凍えそうになる廊下側の席も、

 ベルリバティ学園の生徒には無縁なんだよな。

「あ、でもやりたいって言えば出来るんじゃないか?申告すれば、先生も別に気にしないだろうしな」

「ん、そうだな」

 だけど、俺には関係ないな。

 だって……と、その先を遮るようにチャイムが鳴った。

 椅子を引く音ががたがたと教室を埋める。

 俺はその中でそっと溜息をついた。






 もしかしたら隣になれるかも、っていうあの期待と不安に入り混じった気持ち。

 心地よいような息苦しいような、何とも言えない高揚感。

 席替えの日は、自分には関係ないって顔をしてるのに、

 実は内心どきどきしてるって奴がいるって知って、驚いたことがある。

 あんまり考えたことがなかった。

 クラスで一番可愛いって子の隣になれた時はちょっとラッキーって思ったけど、

 それは周りの友達が羨ましがるから優越感を感じていただけであって、

 俺自身がその子の隣になりたかったわけでもなかったし。

 同じクラスに好きな子ととかいたら、俺も隣になりたいとか、

 あの子があいつの隣になっちゃったらどうしよう、とか思ったのかもしれないけど。

 とりあえず今まで、俺はそういうのから縁遠い位置にいたんだ。

 ……なんだけど。

 俺にも、好きな人、ってのが出来て。

 しかもその人も俺を好きでいてくれて。

 つまりは晴れて恋人同士、という。

 今、俺の頭の中は大分春めかしくなってるらしい。

 そして、欲張りに。

 必要以上に浮かれてるくせに、必要以上に落ち込みやすい。

 同じ教室に七条さんがいたらもっと長い時間一緒にいられるのにな、なんて無理なことを考えて、

 馬鹿だ俺、でもそうだったらいいな、溜息、エンドレス。

 ちょうどこう、斜め前かなんかに座ってて、授業中も見つめていられる席かなんかだったらベストだな。

 なんて、女の子みたいなことを考えてたら、ふと和希に「席替えやんないんだな」って漏らしてたんだ。






「席替えですか。……そういえば」

 底に茶色い輪っかを残したティーカップを集めながら、七条さんが言った。

 西園寺さんは今日はもう寮に戻っているらしい。家の用事があるとかなんとか。

 二人きりの会計室にかちゃかちゃと食器の音が響く。

 俺も七条さんの後に続いて給湯室に入った。

 そっか、七条さんのクラスもやってなかったんだ。

 まあよく考えてみれば、俺も七条さんも選択クラスで授業を取ったりすれば微妙に席の配置が違うわけだし、

 そこまで気にする問題でもないのかもしれない。

 ましてやここは男子校。俺みたいなこと考えてる奴はそういないだろう……多分。

「席替え、したいんですか?」

 俺がぼーっとしてる間に七条さんはあらかたの片づけを終えてしまったみたいだ。

 既に濡れたソーサーが七条さんの手の中で白い台ふきんに包まれている。

 慌てて俺もティーカップを棚にしまう。

「いえ、そういうわけじゃないんですけど」

 だって、七条さんの隣には絶対になれっこないし。あ、ちなみに俺としては後ろがいいんですけど。

 ……なんて恥ずかしいから口が裂けても言えそうにない。

「席なんてどうでもいいのかな」

 好きな人云々って前に、俺だったらアリーナはやだし、

 今の時期だったら窓際の席とか気持ちいいと思うんだけどな。

 カーテンを全開にして窓を開けたら、いい風が入ってくるだろう。

 雲もひとつない青い空と濃くなった木々の緑が窓枠に切り取られて、

 観光地で売ってるポストカードみたいだ。

 そうだ!

 ちょっと、ちょっとだけなら。

「七条さん、今日って忙しいですか?」

「いえ、今日済ませなければいけない仕事はもう片付いていますよ」

 よし、片付けも終わり。俺ははやる気持ちを極力抑えて言った。

「じゃあ、俺の教室までちょっと付き合ってもらえませんか?」







 俺の教室に、七条さんがいる。ただそれだけ。

 別に特別なことでも何でもないのに、心臓が跳ね上がる。

 俺はカーテンを開けながら、教卓の前で佇んでいる七条さんに声をかける。

「好きな所に座ってもらえますか?」

 七条さんはにっこりと微笑んで、窓際の席についた。

 その一つ後ろの席のまた右斜め後ろに俺は腰を下ろす。

 七条さんはそんな俺に何も言わず、ただ黙って前を向いていた。

 どうやら、俺の出方を見てるみたいだ。

 ……俺の不可解な行動に文句を言わずに付き合ってくれている、が正しいかも。

 すっと伸びた背が日差しを浴びて眩しい。けれど俺は目をそらず、じっとその後姿を見つめていた。

「七条さん」

 声をかけると、ゆっくりと影がこちらに伸びる。

「はい」

 俺は立ち上がって、今度は七条さんのすぐ後ろの席に座った。

 そしてもう一度名前を呼ぶ。

「七条さん」

「はい、伊藤くん」

 やっぱりいいな、こんな感じだ。

「楽しそうですね」

「はい!……わがまま聞いてもらっちゃって、ありがとうございます」

 そんなことはありませんよ、と七条さんがかぶりを振る。

 それから、ただ……と前置きして言葉を繋げた。

「……伊藤くんが僕の前、ではダメなんですか?」

 あ、気付いてたんだ七条さん。俺は得意そうに口をにっとさせて言った。

「はい、ダメなんです」

「理由がありそうですね」

「ええ、まあ」

「何ですか?」

 七条さんが少し目を見開いて俺に問いかける。

 珍しく立場が逆だな、とそう思いながら、逆ついでに言ってみた。

「それは……ナイショ、です」



 話したいときは振り向かなくちゃいけない、このポジション。

 ……俺じゃなくて、七条さんが。

 ちなみに、それだけ。

 でも振り向いて欲しいんだ。

 俺と話したいなら。俺の顔が見たいなら。

 七条さんから、振り向いて欲しいんだ。



 肩を竦めながら、七条さんが笑う。

 俺も笑う。

 視線が絡んで、心地よい沈黙が訪れる。

 七条さんは右腕を机の上に置いて、左手を俺の手の上に重ねると、椅子から身体を浮かせて俺にキスをした。

 ほらね、七条さん。

 キスしたいときも、七条さんが振り向いてくれなくっちゃ、なんです。







 そう言えば本人には聞いていなかったな、と思って俺は七条さんに聞いてみた。

「七条さんは、席替えしたいって思います?」

「そうですね……君が同じ教室にいるのなら、してもいいかなと思いますね」

 ふふ、と笑われて、すっかりお見通しだったことに気付く。

 うう……顔に出てたかな。

「ああそう、席は君よりも前の方がいいですね」

「どうしてですか?」

「ふふ、それは……」

 見ているよりも見られている方が気分がいいからですよ、と耳打ちされて、

 絶句した俺に七条さんはまたキスをした。






 ゆらゆらと、カーテンが視界の端でたなびいている。

 白い波は俺の中にまで押し寄せてきて、俺はなすがままに流されてみることに決めた。

 しっかり捕まえててくださいね、七条さん。

 俺が漂流しないように。














橘燈也様のサイトで2222hitを踏みました記念にリクエストさせて頂いたSSです。
もしも2人が同じクラスだったら、一日中ラヴラヴしてくれそうですよねv
和希を筆頭に、クラスメイト皆して見ないように努力して。
席替えの度に一悶着ありそうです。
和希vs七条さんみたいな感じで。
考えると、それはそれで楽しそうな生活かな・・・と思います。

橘様、素敵なSSをありがとうございました。

                           葵葉奈